こんにちは、ゴレイです。
昨日は自転車のパンク修理のため、かなりの距離を歩くことになりました。
土曜日の夜に自宅から2.5km離れた駅まで行く途中でパンクしてしまったようです。
その日は駅近くの駐輪場に停めて、日曜日に修理することに。
日曜日の午前中に自転車屋さんに持ち込んだのですが、時間がかかると言われ、一旦帰ることに。
1往復半してますので、これだけで7.5km歩いたことになります。
かなりの運動ですよね。
そんなこんなで慌ただしい日曜日ですが、やはり月曜日を迎えるのは憂鬱なものです。
憂鬱な日曜日の夜から完全に逃れるのは無理だということ
社畜サラリーマンとしての仕事が楽しくて仕方がないというのであれば、「憂鬱」という感情は生まれないと思いますが、そのような方はほぼいらっしゃらないと思います。
「憂鬱」という感情は仕方がないのです。
社畜サラリーマンを続ける限り、受け入れなければならない事象だと思っております。
「憂鬱」を完全に打ち切ろうとするのではなく、共存する気持ちが重要であるように思います。
憂鬱を少しでも軽減するために
憂鬱という感情は、月曜日からあれもこれもやらなければならない、というところから来るのかなと思います。
何がしかの計画を頭の中で考えるからでしょう。
私の場合、計画を100%こなそうと考えると、
「時間が足りない」
という感情になってしまい、やる気が失せてしまいます。
最低限これくらやっておけば及第点というやや低めなハードルを設定しておくことが良いかと。
それをクリアして、次のことに取り掛かれば良いわけです。
方法論としては万人に当てはまるものではないと思いますが、憂鬱は完全に取り払うものではなく、共存していくものと捉えた方が気持ちは楽になるかと思います。
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