7年前の7月に東京進出した私の振り返り

 

こんにちは、ゴレイです。

 

7月に入り2019年も後半戦へ。

 

私は直近の年末年始で16連休という暴挙に出てみたのですが、半年前の出来事であるにも関わらず、ずいぶん昔のことのように感じます。

 

時間の流れが早くなっているように感じるのは、年を取っている証拠ということのようです。

 

また、7月というのは私の中では節目の月ということでもあります。

 

 

私が東京に出てきたのは30歳を越えてから

 

私は、7年前の2012年7月に転職前に勤めていた会社の転勤ということで東京に来ることになりました。

 

東日本大震災の翌年でしたので、東京で暮らす分には、当時の大変さを知ることもなく過ごしておりました。

 

また、30歳まで人生の大半を地方(田舎とも言う)で過ごしてきた私にとっては刺激がたくさんあったように思います。

 

 

東京は休日の過ごし方に困らない

 

まず、地方には娯楽が少ないです。

 

真面目な話で、ゴルフの打ちっぱなしに行くかパチンコに行くかしかありません。あとはドライブか。

 

私はパチンコをしないため(投資に対するリターンの期待値を考慮するとバカバカしくてやってられないのと、私はジッとしているのが苦手な性分なので…)、消去法的な手段によりかなりの頻度でゴルフの打ちっぱなしに通っておりました。

 

何より、地方はゴルフの打ちっぱなしの1球の単価が安いですし、おかげ様で周りに迷惑をかけない程度くらいまでは腕を上げることが出来ました。

 

出来ないことを嘆くよりも、やれることを楽しんでいくことは重要です。

 

一方で、田舎暮らしに憧れる都会での生活に慣れた人は、おそらく挫折するんだろうな…という印象を持っています。コンビニも気軽にはなかったりしますので。

 

 

結局、今後も東京で過ごすということを目標にする

 

転勤で東京に来て、1年も足らないくらいの時に転職活動をスタートさせました。

 

前職は3~4年のスパンでどこに行くのか分からない転勤があったため、5年後にどこで何をやっているのか分からない生活に終止符を打ちたいと考えておりました。

 

この頃はまだセミリタイアについては全く考えておりませんでした。

 

どうせ65歳くらいまで働くのであれば、もっといい条件で働くことが出来るところがあるはずという感覚が強かったと思っています。

 

社会人3年目の時も活動を行ってはいましたが、結局行動に移すまでのことはほとんどしておりませんでした。

 

 

ターニングポイントになる事象

 

私にとっては新たに働く場として東京での勤務を命じられたことが、ターニングポイントになったと思っています。

 

おそらく、30年経ったときも同じ気持ちになると思います。

 

それなりに生きていれば、ターニングポイントというべき、大きな影響を与えた事象もあるはずです。

 

何か迷ったときには、そこに立ち返る…、そこは大事にしていきたいですね。

 

そこを意識するだけでも、人生大きく変わると思っています。

 

転職について真面目に書こうと思っていたのですが、そのあたりはいずれ記事にしてみます。

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